制限速度

 祖父の通夜の時の話である.叔父がビールを勧めて来た.
 「お爺ちゃんは,一つの生業で頂に立った人だぞ.飲め.」
 「酒はやめてますので.」
 「お前,その考え方,何とかしろよ.」叔父は呆れ返っていた.
 祖父は学こそなかったが理髪業で成功し,業界の代表を長年務めた人物であった.この叔父は腕の良い職人で祖父の信頼を得,支店と私の叔母にあたる娘を祖父からもらっている.祖父は豪放な男で派手な服を好み食と酒をこよなく愛した.二十代のころから部下を連れて芸者遊びに興じていたと聞いている.接待が上手で役人を頻繁にもてなしていた.
 叔父は続けた.
 「こそこそ生きるな.堂々としろよ.アクセルの踏み方,ブレーキの掛け方を身につけなければだめだぞ.」
 叔父は亡き祖父に代わって私を説教していたのだと私は考えている.祖父は私をこよなく愛していた.私の最も尊敬する親族はこの祖父であった.


 追い越し禁止の道路で制限速度で走っている車がある.初心者らしい.後ろから速い車がやって来て追いつき警笛を鳴らす.
 「ブッ,ブー.」

 赤丸白地に40と書かれていたら「40以下で走る義務がある」という意味である.この標識が立つと40で走る権利が発生する.人の権利は侵害してはならない.よって赤丸白地の40は「40以上で走る義務がある」と一般には解釈されている.さらに,警察は10キロ程度の速度違反は滅多に取り締まらないという常識が知れ渡っている.そのため,赤丸白地の40を「50以上で走る義務がある」と思い込んでいる人が多い.

 運転の慣れない初心者は若葉マークをつけるべきだとされている.しかし,これを実際に装着している自動車は滅多に見かけない.若葉マークをつけない人にその理由を聞いて見たらこんな答えが返って来た.
 「あれをつけるといじめられる.」

 警笛は安全を確保するため危険を知らせる道具である.しかし現実には危険行為をちらつかせて邪魔者を追い払う脅迫の手段として使われている.

 車の広告を良くテレビで見かける.美しい森林に囲まれた山道を一台の車が颯爽と駆け抜けて行く.
 あんなこと本当にあるもんか.
 現実には前を走るのろい車にいらいらしているか,後ろから来た速い車に責付かれて慌てているかのどちらかだ.たいがい,両方.
 学校のプールの時間を思い出す.
 これが癖になると人は追うか追われるかしていないと不安で生きて行けなくなる.
 夜の高速道路では蛍の群れが観察されるという.

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